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知床の初夏は「ヒグマ活動期」<知床五湖の利用調整地区と登録引率者について>

(写真:知床財団提供)

 

皆さんご存じの通り、知床半島は世界有数のヒグマの高密度生息地。

冬眠している時期を除き、知床の森を散策する際はヒグマの存在を意識しながら楽しむこととなります。

その中でも、多くの方が自然体験を楽しむ「知床五湖」は「利用調整地区」という自然の保護制度が導入されている場所になっています。「植生保護期」と「ヒグマ活動期」に分かれたシーズンで利用の形は異なっており、特に「ヒグマ活動期」の知床五湖の地上遊歩道は登録引率者という研修・試験を受けたガイドさんと一緒にしか入ることができない、ガイドツアー限定ゾーンとなるのです。

 

「ヒグマ活動期のツアーに参加すると、ヒグマに出会えるの?」

「なんで知床五湖だけこんなにルールがあるの?」

「登録引率者とガイドは一緒なの?」

 

皆さんの頭の中にいろんな「?」が浮かんでいるのが想像つきます。
そんな素朴な疑問について、ホテルの広報でありながら登録引率者の資格も持つスタッフが解説させていただきます!

 

まずは利用について簡単に!

知床五湖へ行くことを予定している方はこちらの表をご覧ください!

トップにある写真が、知床五湖を空撮したものです。右下に駐車場や知床五湖フィールドハウスが見えています。木が生い茂る中に湖が5つあり、これをめぐるように地上遊歩道・大ループとこのうちの2つをめぐる小ループが整備されています。写真下の方には草原の中にウネウネと走る高架木道が見えています。

また、それぞれの体験ブログについてはこちらからご覧ください。
■知床五湖大ループ(ヒグマ活動期・ガイドツアー)はこちら
■知床五湖小ループ(植生保護期・個人散策)はこちら ※現在準備中
■知床五湖高架木道(個人散策)はこちら

 

初夏の知床は「ヒグマ活動期」!

さて、ここで特筆すべきは「ヒグマ活動期」についてです。その名前の通り、5月から7月は「ヒグマが頻繁に活動する時期」なのですが、これには2つの理由があります。

・知床五湖に群生するミズバショウの根は、5~7月頃のヒグマの食べ物。
ヒグマは肉食動物だと思っている方もいるかもしれませんが、およそ9割が植物由来のものを食べているといわれています。5~7月に知床五湖でピークを迎えるミズバショウの根はヒグマの貴重なエサ資源となっています。これが初夏の知床五湖が「ヒグマ活動期」と呼ばれる理由の一つです。

・初夏はヒグマの繁殖期
ヒグマの一年のサイクルの中でも有名なのが冬に冬眠していることです。春になると起き、秋に食いだめをしてまた冬眠する、こういった中で初夏の時期に「繁殖期」、いわゆるオスがメスを追いかける時期があることをご存知でしょうか?追いかける、というと物騒かもしれませんが、知床五湖の中で大柄なオスが歩きメスを探しているような様子を見せたこともあるそうです。

ヒグマ活動期を迎えた知床五湖は、ほぼ毎日のようにヒグマの出没が続くということもあります。(年によって変わります。)
知床へのビジターのほとんどが北海道外、すなわちヒグマと身近に接したことがない方ばかり。ヒグマが高確率でいるかもしれない森を歩くのには多少なりとも不安があることでしょう。また、知床五湖においてビジターのみでの利用の場合、ヒグマがいたら原則引き返し&遊歩道閉鎖となります。楽しみにしていたトレッキングの予定がなくなってしまう…、そんなことが多発しないためにも「ヒグマ活動期」は登録引率者の同行で散策可能などのルールを作ることで、皆さんの知床ステイを充実させ、より深く楽しんで頂けるようになっているのです。(登録引率者や利用調整地区については次に詳しく説明します。)

ここまでお話を読んでお気づきの方も多いと思いますが、ヒグマ活動期のツアーは「ヒグマに出会うためのツアー」ではない!のです。
ヒグマがいるかもしれない森を歩く、その際に安全に利用するにはどうしたらいいのかを考え行われているツアーです。基本的にツアー中はヒグマとの遭遇を避けるために声を出す・手をたたくなど、人の存在をアピールしながら歩き、そうした中でもヒグマと遭遇した場合はスタート地点に引き返してくることになっています。

 

利用調整地区とは…

簡単に言うと、「利用を調整している地区」です!(そのままですみません。)

知床五湖が利用調整地区になるまでのストーリーについてお伝えします。

知床の深い森の中に佇む幻想的な湖沼があり、そこに映し出される知床連山の壮観な景色や、それを楽しめる遊歩道が整備されていることから、「知床五湖」は知床ウトロ地区における自然体験の場として今も昔も多くの方に楽しまれています。

ひと昔、「映画地の果て」や「知床旅情」のヒット、国立公園・世界自然遺産認定など、数多のタイミングで空前の知床ブームが起こり、全国・世界中から多くの人が知床の自然を求めにやってきました。

(写真:知床財団提供)

しかし、現地に行ってみてあるのは「大混雑」。いわゆる、観光地のオーバーユースです。
狭い遊歩道上に列をなす観光客、ガイドツアーも40人グループが当たり前(現在、ヒグマ活動期だと1ツアー10名まで)。当時の知床五湖は、ビジターが求めていた「手つかずの自然」「地の果て・知床」を楽しめる場所ではありませんでした。
また、遊歩道上には植物の踏みあとが増加。大勢の人が一度に同じ場所を歩くので、歩道の幅だけでは足りず、整備された木道を横に逸れて歩く人も多くいたようです。オーバーユースは確実に知床の自然を蝕んでいきました。

その上、知床はヒグマの生息地。前述にもある通り、ヒグマ活動期を迎えた知床五湖はほぼ毎日のようにヒグマの出没が出没。その度に遊歩道は閉鎖され、知床五湖を楽しもうと予定を組んでいた多くのビジターが行き先を失い路頭に迷うということも。

知床の自然をみんなに楽しんでもらうには…。知床の自然を後世に残すためには…。

ある一定のルールを守った上で遊歩道を利用してもらうことで、知床本来の自然を楽しんでもらえないのだろうか。

関係者が試行錯誤を重ね、2011年、日本で二番目となる「利用調整地区制度」の適用へと至ったのです。(一番目は奈良県大台ケ原)

現在の利用調整地区としての知床五湖では、1時間あたりに入れる人数の制限や遊歩道を楽しむ際ルールを決めることで、植物の踏み荒らしやヒグマとの遭遇時のリスクを軽減させています。また、利用者にルールを知って守ってもらえるように、地上遊歩道を入る前に事前レクチャーの受講が必須となっており、受講した方に「立入認定証」が渡され、それをもってして散策することが可能となっています。

また、ヒグマ出没時にも知床五湖を楽しんでもらえるべく、「高架木道」(地面から高さのある木道に電気柵が張られているため、ヒグマ出没時でもリスクがなく散策できる。)が設置されました。この高架木道はバリアフリー設計となっているため、車いすやベビーカーをお使いの方やそのお連れ様、あと「森を歩くのは心配…。」という方にも気軽にご利用いただけます。

ちなみにですが、知床の中で「知床五湖」以外の場所は利用調整地区ではありません。フレペの滝や開拓小屋コースはヒグマ出没のため一時閉鎖や冬の期間利用できないことはありますが、人数制限などの厳しいルールはありません。知床峠やカムイワッカ湯の滝は冬の時期に行けないこととなっていますが、これは道路の関係(除雪やその他整備)の影響です。
利用を調整しなければならないほどの景色や自然体験、利用のしやすさ、ネームバリューが知床五湖にはあるということなのでしょう。

 

登録引率者とは…

「ヒグマ活動期の地上遊歩道(森の中)を歩くには登録引率者のガイドツアーへの参加必須」

さて、この登録引率者とは何なのでしょう?ガイドさんとは違うのでしょうか?

登録引率者とは、知床(またはその周辺)にいるガイドさんの中でも「知床五湖の利用やその制度について理解し、利用者を引率した際に適切な判断や行動ができるもの」というイメージです。登録引率者になるためには、1シーズン研修を受け筆記・実地の試験を合格し、晴れて登録ということになっています。(追試なしの一発勝負のため、みんなドキドキします…。)

登録引率者となった後にも、シーズン中にミーティングを行ったり、知床五湖のルート外を歩き調査や怪我人の搬送実習を行ったり、またこの登録は1年更新なので毎年試験を受け直すなど…やることはいっぱいです。

肝心なガイドツアー中に何をしているか、特徴的なのが3点を紹介します。

・事前レクチャー
知床五湖・地上遊歩道の散策時に必要な「事前レクチャー」は、登録引率者のツアーに参加するとそのガイドさんが行ってくれます(普段はフィールドハウスのスタッフ)。「知床五湖がどういった場所なのか」「どういうところに気を付けたらいいのか」を知ることができ、「ヒグマ最新情報」と散策路の説明もあります。

・安全管理とツアーコントロール
ヒグマ活動期のツアーは3時間とありますが、それ以外にも○地点を○分煮通過すること、など細かく決まっています。前後の班がぶつかってしまうとツアーコントロールが効かなくなってしまい、ヒグマ遭遇時などにパニックになってしまうことが考えられます。知床五湖のツアーへ参加する人は老若男女、元気はつらつな若者からご年配の方・お子さん・妊婦さんまで。参加者の構成に合わせて、スピードをコントロールしながら安全に、かつ予定通りにツアーを行うことはガイドさんのテクニックなのです。また、原生的な自然を楽しむはずが人の声が近くに聞こえると、なんだか落ち着かないですよね…。そういった雰囲気を楽しむためにも役立っています。

・ヒグマ遭遇時の対応
登録引率者は全員無線機をもってツアーを行います。これはヒグマと遭遇した際、その情報を共有するためです。遊歩道にはひっそりとアルファベットが書かれた杭が立っており、それを地点名として無線でやりとりをします。
「G地点にヒグマがいたので引き返します。」
このように伝えるだけでも、他のツアー担当者はどのように動けばいいのかが判断できるというような仕組みです。他にもツアー中に負傷者が出た際にも使用されます。こればっかりは、使われないことを祈るばかりですね…。

 

ここまで長く書きましたが、知床五湖は「ヒグマがいるかもしれない」という前提のもと、いかに質のいい自然体験を提供できるかを考えた場所なのです。利用する側にとっては難しい制度かもしれませんが、少しだけでも頭の隅に置いておくと、知床の自然とそれを後世の残し多くの方に大事にしてもらえるように努力された人たちを理解するきっかけになると思います。

知床五湖の公式HPはこちら

文章/広報担当 村上晴花

写真/知床財団他